スーパー家族日記

僕と妻と娘と息子。家族に起きたことを書きます。

これは芸術か否か? 議論を呼ぶアートの問題作を、私たちが楽しめないのは寂しいことなのかもしれない

「それじゃあバナナの皮でもいいよね?」

小2長女のその言葉に、私は衝撃を受けました。「子供の思考って柔らかいな~」と実感。

夕食後、娘が夏休みの自由課題で、一人の同級生の作品が、「山折り」や「谷折り」と折り方が指示されている既製品の折り紙だったと話し、「それっていいのかな?」と疑問を呈しました。

私は、心の中では「ちょっとそれはNGだな~」と思いつつ、娘には「まあ“自由”課題だからいいんじゃない」と答えました。

すると、娘が返してきたのが冒頭の言葉。

いや~、感服しました。そして、「もうこういう考え方は、僕には取り戻せないだろう」と、少し寂しくもなりました。

娘には、便器を芸術作品として展示した人の話をしました。(検索したら、マルセル・デュシャン「泉」だそうです)

バナナの皮もありそうだな、と探すと、ありました。

ときどき、ニュースをにぎわす、アート分野での「これの作品ははたして芸術なのか?」問題。

そういった作品に、私はどうしても、作者の皮肉など、大人ゆえのネガティブな感情を疑ってしまうのですが、子供には、ポジティブに、面白いものとして映るのかもしれません。

会話の最後に、娘は「じゃあ来年の自由課題、何つくろうかな」と笑っていましたが、「頼む、バナナの皮はやめてくれよ」とは思ったものの、言いませんでした。